三連歌


前に日記でのみ公開していたショートストーリーを
三つ連続でどうぞ。好きなところへ飛んでください。
(しかしいつもながらに意味の分からない文章)



ふたごなつ/今宵、罪を重ねる/命尊し
































ふたごなつ

じゃあね、またね、と
手を振って別れたのはどのくらい前の話だったのか。
あれ以来君からの連絡はない。
あの日、あの夏の日に何処へ出掛けたのか、
君が何色の帽子を被っていたのか。
全て色褪せて風化してゆく。


手紙を送るのも
会いに行くことも


なんだか君には要らない気がしていたんだ。
一番の仲良しだった僕達は、


友達の枠も、

恋人の枠も、

家族の枠も、

他人との枠も越えてしまった。



君の思考はいつでも読み取れた。

僕らには秘密なんて考えられなくて、何もかもを互いが本人より知っていた。


君と僕とは一心同体そのもので、僕らは二人で一つ、互いの半身どうしだったんだ。




だから、あの夏の日。
輝く太陽の下。
初めて意見が割れたときに、僕らは恐怖を覚えた。



まさか、僕らが違う事を考え、感じ、想っていたなんて。
とてもとても有り得ないこと。


あの日、あの夏の日。
分かれた二つの道。
互いにそれぞれ違う道を選んだ。


じゃあね、またね。


その日から僕の時間は止まったまま。
一秒たりとも動いていない。


あぁ、潮騒が煩い。
海辺の小さな町に、海に面した小さな部屋を借りて。
僕は飽きずに毎日海辺に行く。
小脇に抱えたボトル瓶。小さな手紙を入れたボトル便。

ざざん。
波は呑み込んでゆく。
それは君に宛てた僕の遺書である。

ざざん。
波の音と共に開いたドアに、君がやってくることを夢みてる。

ざざん。
ざざん。
風化した時間のなか、次に僕の半身に出会うのは、


恐らく僕たちが死ぬときだから。




さぁ、君が居ない悪夢を終わらせよう。


(そのひ、とおいうみべのちいさなまちで、てがみをひろったしょうねんは、ただなみだをながし、とおいなつのひをふりかえった)



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酔狂、今宵罪を重ねる


あなたに会えるのは、いつも月さえ顔を出さない新月の夜なのです。
わたしは月に一度のその日を心待ちに生きているのです。
闇夜を纏う静かな部屋のなか、わたしは静かに寝床に横たわるわ。
丑三つ時、冷たい風が僅かに吹いて、障子に暗い影が映る。

火の消えた蝋燭から上がった煙だけがその空間でゆらりと動く。


嗚呼、やっと来てくれたのね。


わたしの声は掠れて出ません。あなたはするりと部屋に入って何も云わずに私を抱くの。
ああ、昔から変わらないあなたのぬくもり。しあわせなわたし。このまま、永久にいたい…。

冷たい指、あなたの息づかいは聞こえない。
あなたの胸元に咲くのは赤い花かしら?暗くて、見えないの。


顔はみえない。躯で感じているの。ちらりと見えたあなたの懐。

あなたは左利きでしょう?刀を構えるのも、お箸を持つのも全て逆。
それはとても崇高で、特別な証しかしら。

ああ、なんてこと。袷も逆だわ…。

あなたの懐から仄かに香る煙管の匂い。
甘く、独特なそれはなんだか懐かしいのだけれど、なんでかしら?


わたしは今宵もあなたの虜。一人罪を重ねるの。

本家の仏壇、登る煙。香るのは、あなたと同じ懐かしい匂い。


(暗い土に眠るあなた、
月の目を盗んで忍び込むあなた、
果たしてどっちが本当のあなた?)



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命尊し


君は人を斬ったことがあるかい?


民宿の親父は俺の腰に差した刀をちらり、と見た。
何日間もまともな寝床につけずに漸くこの民宿についた所である。
脱藩でもした田舎侍かと思ったのかもしれない。
いや、でもこの身なりだ。放浪者だと思われた可能性の方が高いだろう。


俺はある、と答えた。
でも男はもう一度刀を見て、微笑した。


おめぇさん、人斬ったこといったって、山賊やら盗人やらだけだろう。 なぜわかるかと? そりゃあ、あんたのその刀だね。 人を斬るようないかれた奴の刀はもっと使い込まれて目には見えない気迫を感じるのさ。 そんで、あんたの答えが決定打さ。おめぇさんはある、と即答したな。 そんな綺麗な目をした人間が人斬りなわけはあるかい。 人斬りはなんて自慢できる話じゃあねぇからな。まぁ、斬った事を自慢話とする狂った輩もいるがな。 …後ろめたいんだよ。幾ら憎い相手でも、それが自分との関わりが深い程に重い。斬った奴の全てがさ、怨念のようにのし掛かってくるんだ。 それは辛くて悲しい、決して解放されることのない人斬りに与えられた罰なのさ。

だからあんたは人斬りにだけはなるなよ。盗人の方がまだましだな、

などと、男は笑った。



俺は最後に、と親父に聞いた。
あんたは人を斬ったことがあるのか、と。


さぁね。

間者としりながら娶った女房を結局斬ることになった愚かな男なら知っているぜ。


男は加えた煙草の煙をゆらり、と揺らし、明後日を見つめた。
彼の背後には、同じく煙をゆらす線香がたてられていた。




嗚呼なんて儚き、命よ。
(まだ俺にはそれは重すぎる)



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