今宵も誘惑には敵わず。








時は既に遅し。
愁色の右手首は背広では匿う事は敵わなかった。

渇いた喉を潤すのは、ジュースでもアルコールでもなくて。
そのグラスの中の液体を僕は飲み干した。


ああ、とても気分が良い。
月まで旅行に行ってみようか。


そんな夢のような事、本気で思えたんだ。
モルヒネシガレット
早口言葉のようなカタカナが並ぶラベルが貼られた瓶の中には
ヘンゼルとグレーテルが迷い込んだお菓子の家のような甘美な誘惑。


欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい
欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい

首筋で、吐息で、僕は結局遊んでしまうのだ。
でも今日は本当に気分がよくって、


狂。


何にも考えられなくて、するりと家を抜け出した。
頭上の満月と、マンションの人工的な電球の光だけが僕を見ていた。


さあ、早速始めようか。

隣の家に住むのは一人暮らしの女子大生。
今は寝ているだろうか。
今夜も夜更かし、徹夜で勉強?
もしかしたら一人涙しているの?


ダン、ダン、ダン、ダン。

規則的にその扉を叩いた。

ダンダンダンダン。
ダンダンダン、ダン。


深夜のアパートの住人は誰も気付かない。
気付くのは君だけ。
君だけで良いんだ。


拝啓、拝啓、拝啓。

拝啓そちらを好む者です
どうか扉を開けてみてはくれませんか


君が気付いていない筈は無い。
誰よりも君が敏感な事は良く知っているよ。
さあ、扉を開けてみてよ。


追伸、怪しい者では在りません
只の隣人です 隣人です


鍵穴から覗いた?
きっと今僕は、とびきりの病的スマイルを浮かべてる。


拝啓、そちらを好む者です


会いたい、会いたい、というキモチだけ。
一緒に月へ出かけようか。
右手首の愁色は隠せないけど。


拝啓、そちらを好む者です
どうか扉を開けてみてはくれませんか
追伸、怪しい者では在りません
只の隣人です 隣人です


そう、只の隣人。
怪しい者ではないから。


ただ、君に会いたいだけ。


きっと今の僕はとびきりの病的スマイルを浮かべている。



頭上の満月に微笑んだ。


君が出てくるのは時間の問題。




…………

シドいう人たちの「隣人」という曲から作ったもの。
歌詞は結構そのまま。
本当はもっと危ない感じにしようと思ったのですが、
元の歌詞から危険な匂いがするのでこれでも大丈夫かな。
(でも素敵な歌詞だと思います)
自分は「病的スマイル」という一節がちょっと好き。

だめですよ、薬は。
こんな事したら、きっと普通は警察に通報されます(笑)

by 070313