今年初めて、この浴衣に袖を通した。 去年なくなったお祖母ちゃんからの、 最期のプレゼントだった。 「蝶子、遅い遅い！」 同じく浴衣を着た女の子が数人、私を手招きしている。 すっかり日は暮れたが、屋台の並んだ神社はお祭り騒ぎ。 きゃらきゃらと、笑う同級生達は、慌てて登場した私に歓声を浴びせる。 「蝶子の浴衣かわいいー！」 「ほんと、去年違うやつだったじゃん」 黒地に蝶が舞った柄の浴衣は、 同級生達の身にまとう、白や桃色の浴衣に比べて些か 大人っぽすぎる（もとい、地味）かとも思ったのだが、 案外好評だったようだ。 私としてはお祖母ちゃんの最期の浴衣が、 私の名前と同じ、蝶の舞う浴衣が褒められて少しくすぐったかった。 今晩の祭りは、比較的仲の良いクラスメイト五人で廻る約束をしている。 お酒が入っているわけではないのに、既に祭りの空気にほろ酔い気分の クラスメイト達は、騒ぎ、笑い、屋台の間を何度も練り歩いた。 「浮かない顔だねえ」 突然、屋台の影からぐい、と手を引っ張られる。 お婆さんがにこにこしながら、私を引き寄せたのだった。 気味の悪くなった私は、お婆さんの手を振り払おうと、もがく。 「譲ちゃん、これを持っていきなされ。幸運の御まじないじゃよ」 私に何かの袋をぐい、と押し付けると、 にかっと笑ったお婆さんはまた人波に消えた。 呆然と、私はひとり立ち尽くす。 「・・・花火」 二本だけ渡されたのは線香花火。 遠くで、クラスメイトが私を呼んでいた。 一通り騒いだ後の恒例、花火大会も終わった。 夜が更けるにつれて、 騒いでいた子ども達も母親に手を引かれて帰っていった。 それに伴い、私の忙しい友人達もひとり、ひとりと消えてゆく。 「ごめん、わたし今日塾だわ」 「うち門限厳しいんだー」 段々閑散としていく神社には、もう殆ど人は残っていなかった。 私と一緒にただ一人残ったクラスメイトも、 何かと理由をつけて帰っていった。 気付いたら一人になっていて、まだ祭りに残ってるのは的屋さんと ほんの少しの客。 私はなんだかまだ帰りたくないような気分で、 神社の境内に腰掛けた。 ぽん、と突然肩を叩かれて思わず飛び上がる。 「蝶子じゃん、一人で何してんの」 ふりかえると、クラスメイトの男の子の姿がある。 そんなに特別仲が良いわけではない。 しかし彼とは何かと言葉を交わす機械が多かった。 「椎野こそこんな時間にひとり？」 「俺、親が屋台出してたから手伝いしてんの。 もう他のやつらは帰ったんだろ？あんまり遅いと此処、出るんだぜ」 思わせぶりに告げた椎野に、私は何が、と問う。 「何がって、勿論、霊が」 思わず神社を見渡した私に、椎野はふきだした。 「あ、こういう話駄目なんだ。なんか以外。蝶子ってそういうの強そうに見えた」 私は一体どんなイメージなんだ、と内心ぼやいてみる。 椎野はそんな私の気なんて知りもせず、でも、と呟いた。 「本当に此処はさ、神聖な土地なんだって。 俺の親は生まれも育ちもこの町で、昔ながらの言い伝えっていうの？ 子どもの頃によく聞かされたもんだ」 「怖くないの？」 茶化して私は聞いたが、椎野は穏やかな顔だった。 「俺は好きなんだよ、此処が」 よく、親に怒られて境内に来た、と彼は言う。 以外だ。 学校じゃそんな風には見えないのに。 ふいに、左手に何か長いものが当たった。 花火だ。 さっき、妖しいお婆さんにもらったやつ。 「お、線香花火？いいねぇ、折角だしやろうぜ」 目ざとい椎野は、とても準備もいいらしい。 ちゃっかりと懐からライターを取り出した。 パチパチ、と 線香花火独特のちいさな灯が灯される。 私達は何を話すわけでもなく、 夜の穏やかな空気の中、静かにそれを眺めていた。 ちらり、と彼を盗み見れば、 橙色の灯に照らされた横顔が優しい眼差しなのが分かった。 「蝶子」 ふいに名前を呼ばれて、思わず胸が高鳴る。 「なに？」 ゆっくり彼のほうへ向けば、 椎野は薄く笑った。 「その浴衣、すげー似合ってる」 ただそれだけの事なのに、 満たされてしまった心のうちは、 まだ君には教えてやらないんだ。 君の少し赤くなった頬も 花火のせいにしておくから。 線香花火に 蝶蝶 舞って。 （なんて不思議な夏祭りの思い出） …………… 連城ほのか様に捧げます！ 相互リンク記念、凄くおそくなりました（汗） 「夏祭り」のご希望に添えているかどうか・・・。 こんなもので良かったらもらって下さい。 これからもよろしくお願いします！ 神の領域　　雨月クロ(070722)