「神に触れてはならない」だとか 「身分違いの禁断の恋」だとか そんなの関係あるのだろうか。 それは自分よりも優れたモノに対しての恐れであり、 自分に自信が無い愚か者が、尊敬や崇拝といった形で相手から逃げているに過ぎないのだ。 そんな愚か者は悲劇のヒーローのように届かない愛の歌を歌ってたりするけれど、 一番悲劇なのは神だなんだと恐れられ、見捨てられた方さ。 馬鹿だよね。身分なんてものに怯えて、恋の一つも結末まで語れないなんて。 僕はそんなの嫌だ。 絶対に、そんなの許さない―――。 「だから、何だっていうの」 それは緩やかな日差しの昼下がり。 椅子に腰掛けた女は些か呆れたように口を開いた。 「それはあなたの恋愛理論なのかしら。本の読みすぎよ」 いつも小難しい顔をして生意気だとばかりに、嘲笑。 完全に僕を馬鹿にする笑みを浮かべた彼女を美しいと思ってしまうなんて、 この輝くばかりの白い陽は思考能力までも低下させてしまうらしい。 女は、跪く僕の頭を軽く叩いた。 「馬鹿ねぇ。神サマなんていないわよ。あなた、そんな厄介な相手に恋しているのかしら」 意地悪く口角を吊り上げる女は神を信じてはいない。 そういう僕も、信じているわけではない。 「お嬢様、天使ならいるじゃないですか」 躊躇無く言ってのけると、白い目で僕を見下ろした。 「天使、ね。あなたそんなロマンチストだったの」 盛大に溜息をつくと、女は手にしたカップを傾けた。 ミルクティーが降り注ぐ。 「あら、びしょ濡れよ。あなたにはお似合いだけれど」 無表情に言ってのける女は、そのままカップを放り投げた。 ガチャンという音がして、それは粉々に割れてしまった。 紅茶の滴る顔を上げると、深く吸い込まれそうな瞳と目が合った。 「天使、だかなんだか知らないけれど」 無表情で女はなにを考えているのかすら分からない。 しかし僕には女が動揺しているように見えた。 「あなたは私の傍で永遠に尽くすのでしょう」 約束、否。契約である。 幼い頃に交わした契約だ。 穢れない君と僕とで交わした最初で最後の契約。 僕はそっと女の手を取り、その甲に口付けた。 「お嬢様、天使は今目の前にいらっしゃいます」 小さく息を飲む音がした。 「翼もないけれど、僕にとっては天使なんです」 あの時から。 「生涯あなたに尽くします」 そう、契約したあの時から。 彼女は天使なのだと、自分に言い聞かせてきた。 天使なのだ。 彼女を愛する事は禁忌なのだ、と。 「愛することは禁忌だ。でもどうしても手に入れたくなってしまった」 女は困ったように項垂れた。 女はもう気付いている。 僕の気持ちに。自分の気持ちに。 「・・・あなたの恋愛理論はそんなんじゃないでしょう」 その声は擦れていた。 勇気を出して言ったのであろうその言葉は、禁忌を犯す、肯定の言葉である。 でもお嬢様、僕は続ける。 「―――僕は、汚れてしまったんです」 女は物言いた気に僕を見つめた。 澄んだ深い瞳は約束を交わしたあの頃と、変わっていない。 でも、その瞳に映る僕の目はひどく濁っていた。 それは生きていくためにつけた知恵と汚い大人の心。 あの頃の無邪気で純粋な約束は、僕を苦しめた。 僕らは一線を越えてはならない。しかし、傍に居ることを余儀なくされたのだから。 諦められるはずはなかった。 使用人として、召使として。 それでしか傍にいられなかったけれど。 もしもあなたが 「それでも許してくれるというのなら――」 許してくれるというのなら、僕は。 女は細い指で僕の頬に触れ、不適な笑みを浮かべた。 「汚れた、なんて理由で契約は破れないんだから」 ふわり、と女の腕が僕の背中に回される。 上品な匂いに包まれた。 一筋の涙が、頬を伝うのが分かった。 「私と共に歩みなさい」 刹那。 パァン、という間が抜けた銃声が響いた。 女の胸には風穴が開いていた。 女は僕を見つめたまま幸せそうに笑っていた。 そっと口付けると擦れた声で女は言った。 「な、まえを。名前、を呼んで頂戴――」 息が上手くできないのか、苦しそうである。 腕を伸ばして僕を求める女を、僕は愛しさを込めて抱きしめた。 「ジュリア・・・」 女は僕の腕の中で事切れた。 彼女の魂を導くように、僕が握った銃からは細い煙が昇っていった。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 こんな形でしか愛せなくて。 天使の君を愛することは禁忌。 でも堕としてしまえば、もう天使ではない。 僕はこれしか、君と結ばれる方法を知らなかったのだ。 それでも後悔はしなかった。 今、とても幸せだ。 心が君で満たされている。 幸せだ。 腕の中で女のぬくもりは消えていった。 今は安らかにお眠り。 次に目を覚ますときは、一緒に。 ゆっくりと銃口を自分の頭に突きつける。 「Jusqu'au jour qui rencontre encore」 そして僕は、引き金を引いた。 ………… 400番お待たせしました!よしあちゃんに捧げます! リクに適ったかは不安ですが。 題名はフランス語です。訳は下に反転で載せておきます。 Jusqu'au jour qui rencontre encore = また会う日まで by 070414 |