ここは暗闇。 一点の光も存在しない。 目を開けているのか閉じているのか。 それさえも分からない。 手を伸ばしてみても、空を掴むだけ。 本当に何にも無い、暗闇なのだ。 僕は何時から此処にいるのだろう。 此処に来る前は何所にいたのだろう。 何も分からない。 しかし、始から此処にいたわけではないのだ。 それだけは分かる。 優しい記憶が残っているから。 頬に何かが触れた。 一筋の涙が、零れたのだった。 流す涙は闇に呑まれて 「お前なんて生まれてこなきゃ良かったのに!!!」 ぱっと闇の中に浮かび上がったその女は、僕を蔑んだ目で見下ろしながら叫んだ。 女はそこそこ整った顔立ちなのに酷くやつれているせいで恐ろしく見えた。 否。 目付きが恐ろしかったのだ。 憎しみが込められていた。 それは呪いをかけるように。 僕が手を伸ばそうとすると、女は煙のように消えてしまった。 先ほどと変わらぬ闇だ。 何も無い、無の空間。 と、辺りからなにやら騒がしい話し声が聞こえてきた。 「なんて汚らしい子」 「仕方ない。親があんなんだったんだから」 「ああ、挙句の果てに子ども捨てて蒸発か」 「かえるの子はかえる、か」 ざわめきは口々に言った。 まるで、耳元で言っているかのように、はっきりと聴こえた。 ああ、思い出した。 僕は母親に捨てられたんだ。 それから孤児院で過ごして、僕は・・・。 それではあのやせ細った女は僕の母親だったのか。 幽かな記憶は静かに僕に寄り添う。 随分遠い記憶だ。 少しずつ、僕の元へ戻ってくるのが分かる。 ざわめきが遠ざかると、今度は野太い男の声が響く。 「いい加減にしろ!お前のような卑しい者が我々と同列にでもなったつもりか! 傲慢だな。所詮、生まれは生まれ。お前の存在なんて元から存在しないのだ」 いつだろう。 そんな事も言われたっけ。 続いて、呑気な女の声がした。 「やあ、お前が新入りか。この世界は実力重視、だからねぇ。精々長く生きるんだよ」 裏社会の一員となった時。 僕は遂に手を染めたんだ。 遂に心まで穢れてしまった。 このとき、全てを捨てた。 人並みの幸福も。 人生も、全て。 いや、捨てたつもりでいたのだ。 あの時、君に会うまでは。 「貴方、とても綺麗な瞳をしているのね」 ほろりほろり。 涙が伝う。 僕の目をみつめて、君はそう言った。 純粋な君の心は、僕を認めてくれた。 幸せになりたいと思ってしまった。 ああ、愛しい君を思い出すほどにこんなに苦しくなる。 でも、幾ら思い出そうとしても、君の顔が見えない。 白いカーテンの向こう側。 君の姿は見えるのに、どうしても顔だけは見えなかった。 「わたしの知らない事を、沢山知っているのね。羨ましいわ。 わたし、生まれてから一度も外へ出た事無いの」 何度も外へ行こう、って誘った。 僕が連れ出してあげると。 しかし君は決して首を縦には振らなかった。 「言いつけなの。破ったら駄目なのよ」と、悲しそうに笑った。 どうして、どうして。 どうして僕ではいけないのですか。 こんなに望んだものはなかった。 他の何を差し出しても良い。 君が僕の傍に居てくれるのならば。 君は外へ出る事が出来なくて。 僕は君に相応しくなかった。 ただ、それだけ。 『それでも手に入れたいと願うのは罪ですか』 何度も神に聞いた。 でもなにも答えてはくれなかった。 そして、僕は罪を犯した。 そう。 此処は地獄。 闇の牢獄だ。 僕は此処で百年の時を過ごし、罪を償うのだ。 此処から出れば君に会えるのだろうか。 寒くない。 でも、心は震えていた。 怖いんだ。 君がいないと、僕は―――。 「貴方は一人じゃないから」 ―――え? 今、確かに君の声がした。 そんなわけ無い。 此処は暗闇の牢獄。 君が居るはずはないのだから。 「わたし、ずっと貴方の傍にいるから。 百年待っているから・・・」 心なしか。ほんのりと心が暖かくなった気がした 君は待っていてくれるんだね。 あと少し、 あと百年。 この身体が朽ちたとしても、 必ず会いに行くから・・・・。 ほろり、と。 頬を伝った涙は、静かに闇に呑まれていく。 まるで、君の元へたどり着くように、一筋。 ………… 黒鵺ちゃんに捧げます。 本当に長らくお待たせしてすみませんでした! リクに添えていない感が・・・。 気に入っていただけると光栄です。 またキリ番踏んでくださいね。 因みに、反転で余談。 イメージソングは、アリプロ「君がため、惜しからざりし命さへ」だったりします。 「暖かく美しい一滴 紅い血の」のフレーズが特に好き。 雨月クロ by 070414 |