神なんていないさ。
絶えない争い、欲深い人間共。
この不平等な世の中、
信じるのは己のみ。
ならば。ボクが新世界を創ってみせる。
殺戮新世界
「お前は、死ぬ」
銃を向けた男は、吐き捨てるように言った。
逆光になっていてよく顔は見えなかったのだが、
その声には最初から聞き覚えがあったのだ。
そんなわけは無いと思っていたが、
扉が閉ざされ、光が遮断されて、その姿が薄暗い部屋の中で明らかになった。
「何で!!」
俺は地を這いながら、必死に声をあげた。
腹部には鈍い痛みが残る。
そこから流れる赤は、自分の血だ。
その男は、ニヤリと笑うと、髪を掻き揚げた。
「さあて、何でだろうね、兄弟」
眼鏡の奥の瞳は残酷に光る。
食卓に優雅に腰掛ける様は、とても格好が良かった。
とても格好が良くて、やはり自分の憧れの、兄なのだと思い知らされた。
咳き込む俺を愉快そうに笑い、
銃を構える手を下ろした。
「本当に変わらないね、お前は。優しくて、馬鹿で、愚かだ」
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
改めて状況を見直すと、悲惨な状態である。
荒らされた部屋、血が飛び散る床や壁。
隣の部屋では、二つの死体が転がっている。
どちらも良く知っていたもので、
俺たちの父と母である。
食卓には三人分の食事とグラス、ナイフやフォークが散らばる。
ちょうど食事の直前だったんだ。
俺は唸り、咳き込み、這うことしか出来なくて。
時が経つごとに命が腹部から流れ出てゆくのがわかる。
俺は無力だった。
兄貴が今日突然現れたときも、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
両親が惨殺される様をただ見ていたのだ。
「兄貴・・・なんで」
「なんでってお前。馬鹿だよなあ」
兄は顔を歪める俺を嫌そうに見た。
机上の皿を一つ手に取り、反対の手にはナイフを握る。
皿の上にはステーキにされた牛肉が一枚。
「これがお前だとして、こっちがボクだとする」
そう言って牛肉を示し、次にナイフを軽く振った。
「お前、つまり牛肉は、皿という小さな枠に乗せられて、食べられるのを待つばかりだ。」
「・・・だけど、こうしたら・・・・さあ、どうなる」
ぐっ、とナイフを握る手を強め、そして勢い良く
―――牛肉にナイフを突き刺した。
それを上に持ち上げると皿から肉が離れ、ナイフに刺さった肉が宙に浮く。
「俺が・・・・死ぬ・・・?」
呟くと、とても恐ろしかった。
「そうだね、お前は死ぬ。でも、」
男は立ち上がり、這う俺に近づき、目線を合わせた。
「これでお前は自由、だろう?」
兄貴は俺の顎をぐっと持ち上げると、顔を近づける。
整った兄の顔は綺麗に歪んでいた。
「でも牛肉なんてもう死んだ牛じゃあないか。元々死んでいたんだ」
――ものは考えようだってことさ
「ボクは気付いたのさ。この世は果てしなく下らない。だから此処へ戻ってきた」
兄は何を考えているのだろう。
「今日は君の誕生日だったね、兄弟」
片手に持った肉を、噛み切った。
肉汁が滴る。
「これはボクなりの祝いだ」
すっとまた後ろに下がる。
懐から取り出した煙草に火を付けてゆっくりと吸った。
ふーっと紫煙を吐くと、またニヤリと笑う。
「この世に神なんていない。信じられるのは己だけだ」
「嫌かい?君を縛り付ける全てから開放してやったんだ」
―――でも、ボクの邪魔をするのであれば消させてもらうよ。
兄貴は眼鏡をゆっくりと外し、
再び、銃を構えた。
「この腐った世の中はボクが潰す」
「新世界、ボクが創ってみせる」
「君はこのままじゃ死ぬよ」
「でもボクなら助けてあげられる」
「君も、来るかい・・・?」
銃の狙いを俺の額に定めたまま、反対の手を差し出した。
両親は殺された。
俺はこのままじゃ死ぬ。
死ぬ・・・。
いやだ。死にたくない。
死にたくない!!!
「兄貴―――」
握った兄の手は、とても温かかった。
血まみれた世界、死体の転がる街。
殺して、殺して、殺して。
死体を踏み、ただ前に進め。
君はボクが唯一認めた、新世界の住人。
君とボクとで創ろう。
殺戮新世界。
(殺戮のあとにあるのは血まみれの新世界)
…………
キリリク100番の黒鵺様に捧げます。
獣的なものは200番にまわさせて頂きました。
お気に召されればいいのですが。
またのお越しをお待ちしています!
雨月クロ up By 2007.03.01