僕は君に恋をした。
血のよりも鮮やかで、百合の花よりも清楚で可愛らしい君に。
初恋だった。世界で一番、愛しいと思った。
それは勿論今でも変わる事のない、永遠の愛。
僕は君を、海よりも深い愛で満たした。
君は僕を、空よりも広い愛で満たした。

夏の日。
夕暮れの空。
人込み。
屋台の行列。
君の浴衣と線香花火。

夏祭り。初めて繋いだ手のひらに誓った。

「必ず君を、僕のものにするよ」

って。




「ねぇ嶺生‐リョウキ‐くん。わたし、金魚すくいがしたい」

子どものように跳ねる君、水子都‐ミコト‐は、僕を引っ張って一つの屋台まで連れて行った。
僕と水子都は、この間、付き合い始めたばかり。
初めて好きになった女の子。
初めて手を繋ぐ、夏祭り。
僕の心は、知らぬ間に浮かれていた。

「ほらっ、可愛い金魚が沢山!」

君の言うとおり、彼女の指の先には綺麗な金魚が沢山泳いでいる。

赤い金魚、黒い金魚。

透き通った水の中を、まるで滑るかのようにキラキラと。

「わたし、金魚に生まれたかったな」
水子都が呟いた。
「なんで?」
「だって、金魚ってほら、ひらひらの綺麗な尾びれがドレスみたいに見えない?
こんなにキラキラしてて、とっても可愛い・・・」
確かに、言われて見ればそんな気もした。

「でも、金魚は夏の風物詩だけど、真冬の金魚って見ないよね」
僕は少し意地悪をする。
しかし、彼女は予想外の返事を返した。
「冬の金魚はきっと、素敵なを見て眠るのよ。素敵な恋人と優雅に泳ぐ夢を見ながら」
ロマンティックな彼女は、夢見心地なまま僕の手を引いた。
「ね、嶺生くん。金魚すくいしよう?」


僕は彼女のために、二匹の金魚を掬った。
彼女は「この金魚、私達みたいだね」とはしゃいだ。
翌日、買ってきたガラスの金魚鉢に、二匹の金魚を入れてやった。


彼女が好きだった。
好きで好きでたまらなかった。
仕草が、表情が、全てが愛おしくて。

僕には君が、君には僕がいれば良いと思った。
世界には二人だけだったら良いのに、と思った。
いいな、金魚は。
金魚鉢の中二人の世界。永遠に二人っきり。


君は優しかった。
君は誰にでも親切だった。
君は。

嫌だった。君が僕以外の誰かと接しているのが。
君は僕のものだから、君は僕以外の人とは話してはいけないのに。
だから、もう待ちきれないから。
凍てつくような空気の季節。
僕のものにしてしまおうと、決意したんだ。



「水子都」
名前をよんでも気付かない。
「水子都」
「水子都」
「水子都」

やっと気付いた君を、僕は無理やり引っ張って、教室から連れ出した。
「どうしたの、嶺生くん」
黙り込む僕に、困ったように君は首をかしげた。

「僕の家に来てくれない?」

君の細い腕を握りながら。
待って、と小さく訴える声を聞き流しながら。
僕はあの金魚を思い出していた。
夏祭りで取った、あの金魚を。


家に連れ込み、君を座らせた。
水子都は、しょんぼりと肩をすぼめて。
その瞳は潤んでいて。

「ごめん、水子都。でもね、僕は君が愛しくて、愛しくて仕方が無いんだ」

「分かってるよ、嶺生くん。でも、何でそんなに怒ってるの?」
泣きそうになりながら訊ねる君に、僕も泣きそうになりながら。

「起こってなんかいないよ。君が愛しいだけなんだ。
こんなに人を好きになったのは初めてで・・・。
今まで誰も僕を理解してくれなかった。水子都だけが、心の支え。
でも、何故か君を思うととても苦しくて、どうにかなりそうなんだ。
僕は、いつか、君を傷つけてしまいそうで自分が怖い・・・。
僕は君と居るべきではないんだろうか――」

項垂れた僕に、君は泣きながらいった。

「そんな事言わないでっ・・・。わたしは此処にいるよ?
嶺生、わたしだけはずっとあなたの傍にいるわ―――」

君の頬を伝う涙を、僕はぬぐってやった。
そのまま頬を撫でながら、呟く。


「僕は――君が居ないと生きていけないよ」
「――――。」
「ねぇ、君は?」
「――わたしも、あなたが居ないと生きていけないわ」
顔をほころばせた僕につられるように、水子都も笑う。
なんて、可愛いんだろう。


「そうだ、君にプレゼントしたいものがあるんだ!」


奥の部屋から取り出したのは大きな箱。
君に手渡し、あけるように促す。
中から出てきたのは、彼女にぴったりの真っ白なドレス。

「綺麗っ・・・。でも、どうして?」
「君にどうしても着て欲しかったんだ。着てみてよ」

飾りなどは一切無く、シンプルなデザインのものだった。
裾だけが、金魚の尾のようにひらひらしていた。
君が身につけると、まるで君だけのためにあつらえたかのよう。

「ありがとう!」
くるくると回ってみせる君は幸せそうで。
僕は思わずうっとり見つめてしまった。
「とても綺麗だよ」
頬を染める君を思わず抱き寄せて、囁く。

「あいしてる」

「わたしも、あいしてるよ」

にっこりと、僕は笑った。
ああなんて、満たされているんだろう。
だから、だから君を


「ねぇ水子都―――僕のものになってくれるだろう――?」


君を抱き寄せたまま、あらかじめ用意しといた飾りを、
君の左胸に埋めた。


「嶺生――――?」


君の胸にすっぽりと収まるように、特注した銀色のナイフ。
力の抜けた君を抱き上げると、奥の部屋へと入った。

そこには、大きな水槽が置いてあった。
円柱状のガラス張り。比較的高い、この部屋の天井に届くほどに大きな。
そのまま梯子を上り、君をその中にそっと入れた。

「りょう・・・き・・・」

大丈夫だよ、と微笑んで。
さぁ沈めてしまおう。
君の胸から流れるが美しいうちに。
あぁ、君の心臓はもうとまってしまっただろうか。
その皮膚は冷たくなっているのだろうか。
水の中に沈められた君は、ふわりとまるで、宙に浮いているかのよう。


純粋な愛ほど残酷だって事、君は知っていたのかな。
君はもう話すことも出来ないし、動く事もできない。
でもこれで、君は僕のものとなった。
おめでとう、水子都。
これで僕ら、ずっと二人だけで居られるね――。


水槽の中の温度を下げた。
この水を凍らせてしまえば、君は一生色あせる事ないだろう。
ずっとずっと美しいままに。
そのままの姿で。

左胸部から流れるが、より一層君を鮮やかに見せる。
真っ白なドレスに滲んだ赤が君を彩る。

傍らのテーブルの上には、夏に買ったあの金魚鉢があった。
すぐに片割れが死んでしまって、今は一匹しか残っていない。
その一匹を掬い上げ手のひらに乗せると、ビチビチと跳ね、しかしすぐに力尽きた。


「なんて儚い」


君は、金魚みたい。
ドレスの尾をひらめかせて、僕を誘惑し続ける金魚。
でもこの金魚のように儚い存在ではなくて、永遠に美しく色あせない金魚でいて。

あの夏の日、キラキラしていると思い込んでいた金魚たちは、
今考えるとその所々に飛び散る赤が、血のように見えるってことに今更気付いた。
君は「真冬の金魚は、素敵な夢を見ながら眠っている」なんていってたけど、
きっと冷たい水の中、自滅を望んでいるんじゃないかな。
君はそんな事考える必要は無いけど。


だって、今の君は、



        

                                  だから


ああそうだ。
明日は沢山金魚を買ってこよう。
そして君の水槽に放して、彩ったら、きっともっと綺麗になるよね?

僕はそんな事を思いながら、ガラス越しに君に口づけた―――。





…………

キリリク100番の金糸雀様に捧げます。
ご希望に添えたでしょうか?
更なるダークを追求しながら、
またのお越しをお待ちしています。

雨月クロ up By 2006.12.23