その、赤紙に包まれた一枚の手紙はある朝に届けられた。 1:Next this Lord 「第一級吸血鬼疑惑で法廷まで証言にいかねばならなくなってしまった。 お前達二人にも次期当主候補としてついてきてもらう」 ローレンスの顔は蒼白だった。 無理も無い。第一級吸血鬼罪は最も重い罪だ。 その疑惑がはれない限り、我がマレウス一族の未来はない。 法廷の放つ人獣管理機関――つまり、対吸血鬼抹殺隊からは逃れる事はできない。 機関とは名ばかりの、えりすぐりの死刑執行人を束ねたような者達は それこそ死の果てまでも追ってくるというのだから。 伯爵はいたって冷静なようだった。 何時もと変わらぬ朝を迎え、一番上等な服を着た。 荷物は手に持ったトランクだけ。 馬車に乗り込んだのは、伯爵、ローレンス、ジャック、エリザベスそして椎名の五人だ。 マレウス家の本家、このマレウス城は小高い丘の上にある。 門は硬く閉ざされていて、壁を蔦が這う。 広大な敷地内は鬱蒼とした木々が好き勝手に生えている。 丘のふもとは丘を囲むようにぐるりと小さな町になってる。 町に色は無い。 昔は賑わっていたというこの町も廃れてしまったのだ。 既に廃町なのである。 そして、死に絶えた人々の骸は 城の外壁を中心に、埋められていた。 空は一年中厚い雲が覆っていて、暗い。 この数十年、此処は一度もまともに日がさしたためしは無い。 この城での私達の生活は、まさに灰色だった。 マレウス家の者はよほどのことが無い限り、城から出てはいけない事になっている。 エリザベスもこの城に住み始めてから、片手で数えられるくらいしか街へ出たことはなかった。 伯爵はただ二人に馬車に乗るように指示をした。 眉を寄せたその姿は、いつもの伯爵の面影は無い。 それはマレウス伯爵のもう一つの、吸血鬼と呼ばれる顔であった。 どのくらい時がたっただろう 馬車はガタン、と音をたてて止まった。 「さあ降りなさい、着きましたよ」 ローレンスに促されて降りたエリザベスの目に飛び込んできたのは、 都市独特の華やかな匂い。色とりどりの装飾。 街中に鳴り響く煌びやかな音楽と人々のざわめきが彼女を現実へと引き戻す。 ――ここが、都会。 「さあエリザベス、こっちよ」 と、エリザベスと同じくらいの年の少女が2、3人楽しそうに笑いながらすれ違った。 「あっ・・・・」 きゃらきゃらと笑い声を立てながらすれ違った女の子達は 綺麗に髪を結って、きらきらとした可愛らしい衣服を身にまとって、 化粧した顔も可愛くて。 エリザベスは自分の身にまとっている黒いシンプルなワンピースを思わず見下ろした。 ――可愛くもなんとも無い、灰色のわたしの生活にはピッタリなワンピースだわ。 髪だって子どものように上のほうで二つに結っただけ。お化粧だってしていない。 煌びやかなこの街で、黒一色のわたしたちだけが浮いた存在。 何故だかわからないが、エリザベスの心はすっと冷めると同時に 鉛になったかのように重くなった。 街に出られる、というだけでなんでこんなにも浮かれていたのだろう。 もう何年も城からろくに出なかったものだから、都がどんなものなのか忘れていたのだ。 変動を続ける人の心、それを鏡のごとく映しているのが都なのだと。 一行が着いた先は、立派な屋敷の門だった。 マレウス家には劣るものの、立派で由緒正しい家柄らしい。 「今晩お世話になることになったアヴリーヌ家だ。 明日、ここで法廷の貴族達が集まるパーティーを催される。 マレウス家の恥を晒さないようにしなさい」 *** 「おお、マレウス伯爵。よくおいでになった」 法廷貴族と呼ばれる、この国の実権をもつといわれている 五の貴族のなかで唯一の穏健派であり、国の創生時代の英雄の血を引く といわれる純貴族、アヴリーヌ家の現当主ニコラ・アヴリーヌ子爵は 、愛想の良い笑顔に豊かな髭を蓄えた人だった。 年は伯爵と幾らも変わらないだろう。 伯爵と子爵は古くからの付き合いで腐れ縁のようなものだという。 「ニコラ、伯爵などと呼ぶのはよしてくれ」 「相変わらずお前の良い噂は聞かんぞ、ジェンキンス」 がはは、と陽気に笑った子爵は伯爵を抱擁した。 伯爵も旧友との再会に笑顔で答える。 ――こんな伯爵はじめて。 それはエリザベスだけが感じた事ではない。 同行していた他の3人もそう感じていた。 ジェンキンスはどうやら伯爵のファーストネームらしい。 J・マレウス卿は身内にすら、その名を呼ばせたためしが無い。 よほど、二人の関係は深いのだろう。 「時にジェンキンス、法廷に呼び出しを食らったようじゃないか」 「ああ、問題ない」 用意された客間でさり気なく、核心に触れたその言葉を 素っ気無く返した伯爵に、子爵は目を細めた。 「法廷は甘くないぞ」 伯爵は何食わぬ顔で紅茶を啜る。 子爵は目線を下げ、静かに呟いた。 「おじい様!」 神妙な空気が漂った客間のドアが突然開け放たれた。 早足で近づいてきたその青年は、子爵の前に立ち、彼を問い詰めた。 「帰省したならすぐに連絡をくださいとあれほど言ったでしょう? 明晩にはパーティーですよ、わかっているんですか」 「あー、悪かった悪かった。客人の前でガミガミ起こるでない」 子爵は詰め寄る青年を押しのけるようにして、溜息をついた。 「実孫で次期当主のノエルだ。ノエル・アヴリーヌ」 ノエル、と紹介された青年は愛想よく笑った。 アヴリーヌ家次期当主というだけあり、態度は堂々としていて、 若いながら存在感が漂っている。 「お見苦しいところを失礼しました。 アヴリーヌ家の次期当主ノエル・アヴリーヌです」 「J・マレウスだ」 ノエルは目を輝かせて嬉しそうに握手を交わす。 「あなたがマレウス伯爵ですか!祖父から話は聞いております。 偉大な方だと」 「なかなか好青年ではないか、ニコラ」 ノエルがよほど気に入ったのか伯爵は顔を綻ばせた。 子爵は「私と違ってしっかりしたやつでな」と苦笑いしながらも、誇らしげだ。 お前達も挨拶しなさい、と伯爵に背中を押され、ジャンとエリザベスは漸く顔を上げた。 「俺はマレウス家次期当主候補のジャン・D・マレウスだ」 「同じく次期当主候補、エリザベス・B・マレウス」 ジャンは片手を差し出し、ノエルと握手を交わした。 ノエルは少しくせのある黒髪に澄んだ青い目を持った青年だった。 銀髪碧眼で、がっしりとした体つきのジャンと彼とは対照的な彼も、 やはり幼い頃から次期当主としての教育を受けてきたのだろう。 交わった彼らの視線は次期当主同士、互いに協力し合わねばならなくなるだろう 遠くて近い未来を見据えていた。 エリザベスに向き合ったノエルは、彼女にも同様に握手を求めた。 エリザベスは差し出された手を一瞥すると、視線をそむけ、拒否した。 「・・・・?」 「こいつは、自分以外の他人と干渉するのを極端に嫌がるんだ。 たとえ身内だとしても。放っておいたほうが良い」 ジャンが吐き捨てた言葉に、エリザベスは顔をしかめた。 ノエルは一瞬呆然としたものの、すぐにまた笑顔を彼女に向けた。 ――どうせこいつもわたしのことを馬鹿にするのだろう。 自分の足のつま先を見つめ、エリザベスは思った。 そうやってずっと生きてきた。 マレウス家の当主に愛想なんて必要ない。 それが彼女の出した結論だった。 「いいや、だたの人見知りだろう」 ノエルは目線を合わせるように身を屈めて、エリザベスの顔を覗きこんだ。 予想外の彼の行動に思わず身体が強張る。 「僕のことはノエルと呼んで欲しい。 エリザベス、と呼んでもいいかい?」 邪気の無い笑顔を向けたノエルに、圧倒されたエリザベスは思わず頷いた。 「当主同士これからよろしく、エリザベス」 その様子に、マレウス家の者達は目を見張る。 マリー以外で、エリザベスにここまで近づけた人間がいただろうか。 それも、他人との干渉を嫌がる彼女を頷かせるなんて。 「それでは、僕は失礼させていただきます」 明晩会いましょう、と去っていったノエルを エリザベスは目で追った。 今まで、他人に興味を持ったことがなかった。 自分とマリー以外はどうなっても良かった。 マリーを愛するのも、自分と重ねているから。 でも、あの人の事がとても気になるの。 ねえ、マリー わたしどこか変なのかしら。 エリザベスは熱を持った頬を隠すようにしてまた俯いた。 ←back by 071008 |