4:Portrait





ただでさえ、太陽が出ることの極端に少ない此処では、 日が落ちると完全な闇となり、冷えとした風が吹き抜ける。


大きな手押し車を引いた三人は屋敷裏にまわると、裏口の戸を叩いた。
程なくして開かれた扉からは橙色の灯が漏れる。
体躯の良い二人――ジャックとギニーは、俵状の大きな包みを持ち上げる。
ランプを翳し、彼らの手元を照らしていたルイスは慎重に扱われる包みを一瞥すると、 扉を開けた。



「ああ、頼むからそれを近づけるな」



包みを屋敷に運び入れようと歩き出した二人に言い放つ。
ルイスは眉を顰め、一歩後ずさった。



「何を今更。あんた、楽しみにしていただろうが」

「それはそうだが・・・やはりまだ慣れないな」



勘弁してくれとばかりの口調のルイスに呆れるジャックは、 ギニーに目配せし、そのまま扉へ入っていった。


「今日のは新鮮だ――」


そして扉は閉ざされた。




***




時刻はまだ、深夜になったばかりだろう。
月明かりが窓から差している。


何の前触れもなく開いた瞼は、 状況を確認するかのように数回瞬いた。
目が完全に覚めてしまったようだ。
眠りから目覚めれば朝、の筈だったのが、 まだ深夜にもなっていないなんて、拍子抜けも良いところである。


そのまま横になっていても一向に眠気は訪れそうに無い。
マリーは仕方なくベットから滑り降りた。
大きな窓にはカーテンが無い。
そこからは、触れるくらいに近く、大きな満月が見えた。



寝巻きの上からカーディガンを羽織り、マリーは廊下へ出た。


何でこんな変な時間に目が覚めてしまったのだろう。
最近良く眠れない。
起きた時には既に覚えていないのだが、夢も見ているようである。
今まではこんな、時間に起きてしまう事なんて良かったのに。


無意識のうちに、足は三階の肖像画の廊下へと向かっていた。
廊下を燈すのは、点々と壁に据えられた蝋燭の灯だ。
それでも薄暗い廊下は、何所となく気味が悪い。

蝋燭の淡い灯を浴びた肖像画は、昼間とはまた違った印象を受ける。
マリーは日が落ちてから此処へくるのは初めてだった。
思い思いの格好で描かれた肖像画達は、心の叫びを露にしていた。
全ての肖像画がマリーに訴えかけてくる。


苦しみを、悲しみを。


其処は負の感情の巣窟だった。
マレウス家の歴代の著名人たちは誰もが何か、とても重いものを背負っていたのだろう。
はじめて、マリーはこの場所に恐怖を覚えた。


迫り来る威圧のせいですっかりと腰を抜かしてしまったマリーは、 ただ一つだけ、何も訴えてこない肖像画があることに気付く。
それは、一番奥にある肖像画だ。
マリーは震える足で、恐る恐るその肖像画の前に立った。



目が、釘付けになった。



透き通るかのような白い象牙のごとく肌。
冷ややかな光を放つ碧眼。
薔薇色の唇。


少女はその華奢な身体には少しばかり大きい、 しかしとても豪華な装飾の椅子に腰掛けていた。
漆黒のドレスには凝った刺繍が施され、 同色の大きなリボンが豊かな流れるような髪に付けられている。


人形のように完璧な少女。
この間、見た女の子だ―――。


膝の上で上品にそろえられた両手には、何故かフォークとナイフが握られている。
整った顔立ちは恍惚の表情に満ち溢れている。

―――そして薔薇色の唇が綺麗な三日月形に吊り上り、
双方の碧眼がマリーに向けられた。


「やっと気付いてくれたのね」


「・・・え?」


今、確かに声が聞こえた。
可愛らしい声。
でもそれはこの屋敷に居る、誰の声でもない。


「マリー」


マリーは大きく目を見開いた。
肖像画の中の少女が、マリーに話しかけていた。
そんな事があるわけがない―――。


「わたしたちは運命を共にした姉妹――」



マリーは一目散に駆け出した。
怖かった。
一気に階段を駆け下りると一階の玄関ホールで力が抜けた。
まだ、震えが止まらなかった。


あれは、誰?


そのまま部屋に戻る気にはなれなかった。



「伯爵・・・・」



そうだ。伯爵の所へ行こう。
伯爵に会えばきっと何もかも、心配なくなる。


マリーは立ち上がると、伯爵の部屋へ向かおうとした。
その時。


「 ククク 」


ちいさな、笑い声が確かに聞こえた。
食堂からだ。
頭を過ぎったのはあの少女。
手にはフォークとナイフ。


いるわけ、ない。


マリーは頭を横に大きく振り、
また震えだした身体を振り絞りながら、恐る恐る食堂に向かった―――。




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by 070513