3:Loneliness




食堂にはマリーしかいない。

正確には、数人の使用人たちが一人暖炉の前に座っているマリーを
心配そうに伺っているのだが、兎に角、 他の城の住人達は揃って伯爵の部屋へと行ってしまったのである。


「マリー、私達は大切な話があるんだ。一人で遊んでなさい」


大好きな伯爵に、そう言われてしまっては仕方がない。
マリーに最も歳の近いエリザベスまでもが、今回は伯爵に呼ばれてしまった。
暇をもてあましたマリーは、仕方なく一人じっとしていたのである。


皆は何を話しているのだろう。
小さい頃から、マリーは伯爵に良くして貰っていた。
しかし、伯爵と話した事は数えるくらいしかない。

伯爵は忙しい人で、
とても立派な人。
優しくて、高貴で、
マリーが近づいて良い人ではなかった。

幼いながらも彼女はそれを感じ取っていた。


マリーにとって、伯爵と過ごした時間は何よりも大切な宝物だった。
それは伯爵にとってもそうである。
ただ、一族にあまり良く思われていないマリーは、どうしても一族の集まりの際には 席を外してもらわないわけにはいかないのだ。


「でも、仲間はずれは嫌だよ・・・」


暖炉の炎がゆらゆらと燃える。
オレンジ色の光に照らされたマリーは、膝を丸めて小さく蹲る。


「はくしゃく・・・」


唸ってマリーは手のひらで目を思い切り擦った。
マリー以外のこの城の住人は、共通したある秘密をもっているようだ。
マリーには教えてもらえない、何か秘密が。
彼らは度々マリーの目を盗んで何かを話し合っていた。


それは楽しそうに。


一族ではないローレンスもその中に含まれているというのに、 マリーはその中に入れてもらえなかった。

まだ幼いから?

そうだというのなら、なぜエリザベスは入れてもらえるのだろうか。
エリザベスは今のマリーの歳にはあの中にいたというのに。

マリーは勢い良く、ぴょこんと立ち上がった。


「あの、マリーお嬢様・・・・?」


心配した使用人の一人が恐る恐る声を掛ける。
そんな使用人を気にも留めず、マリーは大きく頷いた。
悩んでいてもどうにもならないのだ。
それならば、こうしているのに意味は無い。


「うん!皆とお話してこよ!」


ぱたぱた、という足音と共に、 ちいさな少女の姿は消えていった。




***




長い廊下に部屋数の多いこの城では、慣れていない者はたちまち迷ってしまうだろう。
マレウス家の城はそれほど広い。


マリーは三階の廊下で立ち止まった。

主に、食堂や玄関ホール、リビングで構成された一階と違い、 二階、三階は長い廊下にずらり、と沢山の扉が並んでいる。
ちなみに二階は主に城の住人が使用しており、マリーの部屋も二階にある。
ただ、伯爵の部屋だけは例外で一階にあるのだが。

三階は空き部屋ばかりでたまに客室として使われるが、ここには滅多に客は来ないので 敢えて誰も三階に来ようとはしない。

が、流石は名家、マレウス家。
何年も使われていない部屋もきちんと管理されていて、廊下には塵ひとつ落ちてなかった。


もう一つ、三階の廊下には他の者が来たがらない理由があった。

それは、廊下の壁に飾られた無数の肖像画である。


マリーは肖像画を眺めながら、ゆっくりと廊下を進んだ。

伯爵は昔、「この者達はマレウス家の一族であり、今のマレウス家があるのも彼らのおかげだ」 と教えてくれた。

マリーはそれからよくこの廊下に来る。
ひとつひとつ丁寧に、肖像画を眺めるのだ。


口ひげの男がニヤリと口角を吊り上げる。
酷く痩せ細った女が、恐ろしい形相で立っている。
大きく口を開け、笑っている者。
今にも悲鳴を上げそうな表情でいる者。
時代や表情、老若男女関係なしに、肖像画達は壁に居た。


それは一般の屋敷にあるような肖像画と比べたら少し異なっていた。
生き生きと、まるで生きているかのような様々な表情を浮かべていた。
気取ったポーズをとっている絵のほうが少ない。


そして。


その全ての両の眸がマリーを見ていた。



「・・・マリー?こんなところでどうしたの」


マリーが急に姿を消したと聞き、心配して追ってきたエリザベスは怯えるように 肖像画を見渡した。



「エリザ!あのね、皆とお話してたの!」

「・・・何言ってるの。ほら、向こう行こう。こんな気味の悪いところ居たくない」


半ば無理やりマリーの腕を引くエリザベスを、マリーはきょとんして見上げた。


何を彼女は恐れているのだろう。


そう思うのは仕方の無いことだった。
マリーは一度も、肖像画が恐ろしいと思ったことなかったのだから。


三階の廊下を去る直前、はるか向こうの肖像画が目に入った。


真っ白の顔。
整った顔立ち。
射るような視線の冷たい碧眼。

そして、頭の上の、大きなリボン。

大きな椅子に腰掛けた少女は、 純銀のナイフとフォークを握っていた。




***





ガチャン。ガチャン。ガチャン。

嗚呼、煩い。
なんだろう、私の眠りを妨げるものは。
折角良い気持ちで眠っているのだから、放って置いて欲しいのに。


ガチャンガチャンガチャン。


金属音が、響く。
まるで耳元で聴こえているかのように鮮明に。
煩い。煩い。煩い。
それでも鳴り止む事は無い。
それにしても、聞き覚えのある音だ。
良く親しんでいる、音だ。


ガシャン!


何かが割れたような大きな音がした。
煩い金属音が、鳴り止む。
すると、今まで聴こえなかった衣擦れの音や、 小さな話し声、足音などが遠くで聞こえた。

何を話しているのだろう。
何をしているのだろう。


また、私だけ仲間はずれ。


「美味しいわ」


ちいさなちいさな声。
それにも聞き覚えがあった。


「わたしも一緒が良いよ・・・」


呟いた言葉に、ちいさな声はけらけら笑った。


「もう少し大きくなったらね。それまであたし、待ってるよ。

             マリー」


これは夢だ。
頭の隅で、マリーはしっかりとそれを理解していた。

きっと目が覚めたら忘れてしまう夢だけれど、
決してそれは忘れてはいけない夢。


でも、彼女の姿を見た途端、そんな考えは吹き飛んでしまった。


ちいさな声の持ち主は、
漆黒のドレスに大きなリボン。
流れるような金の髪の、とっても可愛い女の子だった。

何処かで見た顔だ。
良く見慣れた顔だ。


でも。

それは、一体どこで?



back

by 070426