足りない、足りない。 とってもお腹が空いたわ。 もう何日もまともな食事をしていないもの。 最後にきちんとした料理を食べたのはいつだっただろう。 庭先に咲いていた野苺を摘んで、 飽きるほど食べたの。 口元が真っ赤になっちゃった。 これじゃあまた、怒られちゃう――。 Chapter 0 : Mary まるでお姫様のような、漆黒のドレスを纏ったその少女は、 古城の跡地に佇んでいた。 ウェーブのかかった豊かな髪は肩を滑り、 頭の上で結んだ、ドレスと同じ漆黒の大きなリボンを引き立てていた。 透き通るような白い肌に整った顔立ち。 まるで人形に完璧な少女だった。 ――彼女のその大きな瞳は虚ろでなく、その口角が不自然に吊り上ってさえいなければ。 数人の男が彼女を取り囲むように立っていた。 男達は各々銃器を握り締め、怯えた顔つきで少女を見つめていた。 「・・・ねぇ、おじさんたち何しに来たの?」 鈴を転がしたような可愛い声で少女は尋ねた。 可愛らしく首を傾げる仕草までする。 男達はびくり、と肩を震わせると一歩下がる。 たかが少女一人に何故ここまで怯える必要があるのだろうか。 その答えは彼女の両手にあった。 左右の手に握っているのは純銀製のナイフとフォークだった。 もちろん食卓用だったが、彼女の手には少し大きすぎるそれは、 レストランで見るものよりも鋭利な気がしてならなかった。 「おじさん、おじさん、何所行くの?」 一歩、一歩、少女が近づき、暗がりから出てくる。 月明かりにその顔が照らされた。 「!!!」 男達は声にならない叫び声をあげると、尻餅をついた。 少女の口元は、 真 っ 赤 に 染 ま っ て い た の だ か ら 。 「な、何を怯えているのだ。たかが子どもひとりじゃないか。それに良く見ろ、それは、苺だ」 ははは、と乾いた笑い声を上げながら、男の一人が言った。 確かに、それは苺の果汁だったようだ。 少女の足元には潰れた苺と思しき物が幾つか赤い染みを作っていた。 「こんなこども殺さなくてもいいんじゃないか?」 一人がぼそり、と呟いた。 その言葉に他の男達は眉を顰めた。 「これは仕事だ。今回の仕事はこの古城内の生命活動が確認される全てのものの抹殺だ。 私情を挿むんじゃねえ」 「でもこんな可愛い女の子だぜ?こんな細い腕で、何も出来やしない。ただの捨て子だろう」 止める仲間を振り切ると、彼は少女へ手を伸ばした。 「どうしたんだい、こんな所で」 少女は大きな瞳で彼を見上げる。 「おじさん、わたしお腹が空いちゃったの」 男は仲間のほうに振り返り、大丈夫じゃないか、と視線を送った。 その時 ザクリ、という音と共に彼の腕から赤いものが溢れた。 今度は苺の果汁ではなくて。 「あああああ!!」 男は腕に食い込む純銀製のナイフを、 そしてそれを握る細くて白い腕を見た。 そのナイフは、躊躇なく、グリグリと奥へと進む。 「デイビット!!!」 他の男達は目を疑った。 驚きと恐怖に泣き叫ぶ彼の腕をナイフは貫通していた。 ナイフが突然引き抜かれたと思ったらそのナイフは再び振り上げられ、 彼の首を引き裂いた。 息絶えた男は首だけになって転がった。 そしてその傍らに立つ少女は、 満面の笑みを浮かべ、自分に降り注いだ赤い液体を幸せそうに眺めた。 「お腹が空いたの。ねぇ、行かないで…」 ふっくらとした薔薇のように赤い唇を、小さな舌が舐めあげる。 そして、またその口は綺麗に三日月形に形作られた。 刺して、振り上げて、また刺して。 単純な作業の繰り返し。 漂う独特な香に思わず喉を鳴らした。 柔らかくて、それでいて確かな歯ごたえ。 噛締めるほど深い味わいが口の中に広がって。 赤い肉汁が滴るそれはどんな果実よりも甘美である。 想像しただけで、待ちきれずに涎が垂れた。 そんな自分を、遠くで見つめているもう一人の自分がいる。 「そんな事をしてはいけない」 「人間としてあるべき姿ではない」 と、私を叱りつけ、涙を流す自分が。 分かっていた。 そんな事言われなくても分かってた。 でも、もう後戻りはできないの。 欲しくて、欲しくて、待ちきれない。 満たされたい。 それしかもう考えられない・・・。 玄関ホールにある大きな鏡がわたしの姿を映した。 その鏡の奥には全身に赤を纏いながら笑う少女がいた。 大きなリボン、漆黒のドレス。 所々赤く色付いた純銀のナイフとフォーク。 それは血を求めて彷徨う怪物の姿。 「ねぇ、マリー」 少女は淋しげに、瞼を閉じた。 もうその瞳に鏡の中の少女を映さないように。 by 070326 |