り少 童話



少し前までは、帰る家もあって

優しい両親もいて

なにもかもが幸せな日々だったんだ。


何が起こったかわからなかった。


終わるはずは無いと思っていた幸福な日々は、
知らぬ間に終わっていた。



その兄妹は崩れた建築物の残骸にもたれるように座っていた。
兄は赤い革張りの本を開き、
安らかな顔で眠る幼い妹を愛しむ様に眺めていた。

少年は、妹の為に本を読み聞かせていたようだ。

表紙に「童話集」と書かれているものの、
その内容は全て少年の知らないものだった。


どこか聞き覚えのあるような気もしたが、
やはり昔、母親が読み聞かせてくれたものとは違ったのだ。


その童話たちは、

とても悲しく

儚く

美しい


愛の物語だったから。

「・・・・・」


少女はまだ眠っていた。

お腹、空いているだろうな。
もう一週間も何も口にしていない。
泥水でさえ手に入らなかった。

せめて、幼い妹が、笑ってくれれば良い。
少年は母親を思い出していた。
あの頃の自分のように、
せめて心だけは幸せであって欲しい。


そう思ってこの童話集だけ拾ってきたのだ。

食べ物ではないけれど、
もう一度、太陽のように、キラキラと笑って欲しかったんだ。


そっと少女を撫でると、
少女の柔らかな髪がするりと指の間を滑り落ちた。



眠る少女の童話集


世界中の、清らかな夢を見る少年少女に捧げよう。

童話集に綴じ込められたのは、


毒林檎飴を齧る姫に

王子を待たない灰かぶり

傷だらけの人魚

お菓子の家の殺人犯

眠れない眠り姫


そして、夢から覚めない女の子


眠り少女は目覚めない。

彼女もまた、童話の世界に綴じ込められてしまったのだから。



愛しい妹に童話を読み聞かせる少年は
まだ気が付いていないのだ。

否、気付きたくないのだ。


少女が二度と、目覚めぬ事を・・・・・。




さ ぁ 、 お 眠 り 。



(せめてあなたが安らかな眠りにつけますように)


by 070312