お母様は、私の事がお嫌いなのかしら。

少女はぼんやり考えた。
少女はなに不自由した事はなかった。
お金も、お洋服も、なんだって。

ぼんやりと膝を抱えて、こっそりと小間使いたちを伺っていた。
少女の大好物、赤い赤い林檎飴を齧りながら。






蜜林檎飴はいかが?





少女の母親は王妃である。
国一番の美女と謳われた彼女はその美しさを見初められ、
若くして王室へ嫁いだ。
男達は王妃を一目見ようと城に集まった。
それは、姫が生まれる前のことである。

たった一人の娘である少女はとても可愛らしかった。

城の下女や小間使いの間では、しばし議論になった。
果たして王妃と姫と、どちらが美しいのか、と。

「王妃様のあの美貌、妻にあるべき賢明かつ清らかなお心!」

「いえいえ、姫の無邪気な幼さに隠れたあのふとみせる大人びた表情が堪りませんわ」

結局いつもどちらとも決まらないのだが、
それは仕方のないことである。
なんにしろ、似てないのだ。

王妃と姫と、全くと良いほど違った美しさを持っていた。

それも似てないなんてものではなく、
正反対も良いところ。
高嶺の花の王妃に比べ、穢れを知らない姫。



二人が母娘であることが不思議なくらいだった。



使用人たちの間では「王妃派」と「姫派」
無言のうちに分かれていたのも無理の無い話だろう。

姫は小間使いたちのそんな話をききながら、
「本当にどっちが美しいのだろう」
そう思った。

が、姫は姫、王妃は王妃で別々の人間で、二人は母娘なのだから
どちらが上かなんて関係ない、とあまり深く考えなかった。


しかしある日事件は起こる。

王が不在であった。
王妃は知らず知らずのうちに、
入ってはならないと言われていた部屋に足を踏み入れた。

その部屋には布の掛かった、
大きな鏡が。


この城には、何代も前に魔女から譲り受けたという鏡があった。
その鏡は全ての疑問に答えをもたらすものだという。

その鏡を使うものは居なかった。
王が、固く使う事を禁じていたのである。


王妃は慌てて部屋から出ようとしたが、
扉を開けた拍子に

鏡の布は落ちた。

早く出ようと更に慌てる王妃だったが
何が不幸か
その鏡を覗き込む形になる。



「お母様?」

姫は母親を探していた。
大きな籠には、赤く実った沢山の林檎。

「お母様、こんなに林檎が届きましたの。お母様?」

コックに、アップルパイにしてもらおうか、
それともジャムにしてしまおうかと

昼過ぎのお茶の時間に何が良いですか?
そう、王妃に尋ねようとしていた。

城を歩き回っているうちに、知らない部屋の扉が開いていた。
「お母様?」
そっと覗き込もうとする姫の耳に、
お婆さんのような、ガラガラ声が聞こえた。


『そなたはとても美しい』


思わず姫は、扉の前で聞き耳を立てた。

「な、なんなのです。鏡の癖して・・・」

王妃の声だ。
姫は高鳴る胸を押さえながら思う。

お母様は何をしているの?


『そなた、何を悩んでおるのだ?』

『隠しても無駄、この鏡はそなたの心を映すもの』

『そのように美しくてさらに何を求めようとする』

王妃は鏡の言葉に思わず呟いてしまった。

「姫のほうが美しいわ・・・」

『ほう、姫とどっちが美しいのか気になるのか?』

その言葉に、王妃は大きく目を見開いた。
そんな事考えているわけがない。
姫と比べてなんになる?

しかし、心のどこかでは妬んでいたのかもしれない。
姫の若さに、綺麗な心に。
そして
姫が生まれてから彼女が女として見られなくなった事も事実なのだ。


「姫よりも私のほうが・・・!!」


鏡は王妃の声に、クククと笑う。

『全く違った二人の美しさは、どちらとも決められぬほど美しい』

『今の今まで、共にこの国で一番美しい人間で、我にもどっちとも言えぬ』

王妃はどこか安心したように、溜息をついた。

『しかし、今、王妃の心には醜い乱れが生じた!』

『姫のほうが綺麗。姫のほうが美しい!!!!』

王妃は呆然と鏡を見つめた。
知らず知らずのうちに呟いていたのだ。

「―――どうすればいいかしら。姫を殺してしまおうか」



だが、困った事にその一部始終を、
扉の外で姫が聞いていたのだ。

お母様はなんてことをいうのだろう。
お母様。お母様。
私が殺される?
いいえ、そんなこと、ないわ。

だ っ て お か あ さ ま は 。



「どうされたのです?」

コックに尋ねられた少女は、籠の中の林檎を差し出した。

「林檎飴は作れるかしら?」

林檎飴、東洋の本で見たことがあった。
蜜の中に閉じ込められる林檎は、今の私の気分にぴったり!
姫は長めの棒で、一つずつ丁寧に林檎を串刺しにした。
コックから貰った飴と。
下女に取り寄せてもらった壺の中の蜜を絡めて。



「お母様、いま宜しいですか?」

王妃はにこやかに笑うと、どうしたの、と姫を撫でた。

それはもうすぐ殺す、わが子への最後の笑みなの?

「これ、お一ついかがかしら」
「なあに、これは」
「林檎飴というのよ」

差し出したのは林檎飴。
はじめて見る食べ物に、王妃は訝しげな表情を浮かべる。

「とても甘くておいしいの。お肌にもとても良いのよ」

王妃はそれをうけとり、口に含む。


「ねえ姫。これ、おかしな味がするわ」

王妃の言葉に姫はにっこり。

「おかしくなんかないわ。そろそろ舌が痺れる頃だもの」

このとき、姫と王妃の美しさは同等のものであった。

「だって、毒蜜林檎飴、ですもの」


「さようなら、お母様」


穢れなき心を失った姫は、
その醜い心に堕ちてゆく。




姫が大人になり、子を産んで、その子を毒死させようとするのはそう遠い話ではない。



女ってものは、

醜く美を求めるものなのだから!!


by 070312